「完璧な自分」を脱ぎ捨てた。子どもと過ごす中で気づいた「ありのままの私」でいられる喜び
ママになっても「自分自身も大切にしてほしい」――
そんな想いを掲げるネオママイズムが、さまざまなママの姿をお届けするneomamaismインタビューブログ。
Vol.23となる今回は、プロダンサーとして活躍するMAIKOさんがゲストです。
国内外のイベントへの出演やアーティストのバックダンサーを務めるほか、曲のイメージに合った振り付けを提供するなど、第一線で活躍し続けてきたMAIKOさん。現在は2児の母として、後進の育成にも力を注いでいます。
母親としての自分と、ダンサーとしての自分。どちらも大切にしながら、のびやかに過ごされているMAIKOさんの子育てエピソードを伺いました。
1人目は難産、2人目は切迫子宮破裂の疑いで入院
――これまでのご経歴を教えてください。
3歳からモダンバレエを習い、高校1年生の時にダンスを始めました。その後、TRFのSAMさんが司会をされていた、ダンス番組『RAVE2001』に出演。そこで優勝したことがきっかけとなり、プロダンサーとしての活動がスタートしました。
振り付けの仕事を始めたのは、29歳になった頃からです。当時、デビューしたばかりのきゃりーぱみゅぱみゅの振り付けに関わらせてもらうことになり、それ以降、アーティストのMVやテレビCMの振り付けなどを担当させていただいていました。
――32歳のときに、第一子を妊娠されたと伺っています。妊娠期間はどのように過ごしましたか?
完璧主義な性格なので、妊娠してからは重いものは持たないようにするなど、かなり慎重に教科書通りの生活を送っていました。とはいえ、気分転換も大切にしていて、映画を観たり、ベビー服を探したり、夫と一緒に外食を楽しんだりしていました。
――妊娠中はダンスも控えていたのですか?
「お腹の赤ちゃんによくないかも」と考えると、怖くて踊れなかったです。妊娠前に踊っていたダンスが、かなり激しい動きだったのでなおさら…。その代わりに、マタニティビクスのレッスンに通ってリフレッシュしていました。
――出産のエピソードをお聞かせください。
第一子の出産は、想像していた以上に大変でした。予定日を1週間過ぎても陣痛が来ないため、陣痛促進剤を使って誘発することになったのですが、陣痛が始まった途端、あまりの痛みに気を失ってしまい…。意識が回復してから、四つ這いの姿勢になったり、酸素マスクをつけるなど、さまざまな処置をしてもらいました。
――四つ這いの姿勢で出産を?
姿勢を四つ這いに変えたのは、「赤ちゃんが窮屈そうだから」という理由だったと思います。もともと、先生からは「大きい赤ちゃんですね」と言われていて。処置の途中で破水したこともあり、より一層赤ちゃんが窮屈になってしまったようです。先生方の指示のもと、四つ這いになって赤ちゃんのスペースを確保するよう努めましたが、赤ちゃんの心拍が低下してきてしまったため、緊急帝王切開で出産することになったんです。
――MAIKOさんにとっても赤ちゃんにとっても、大変な出産でしたね。
そうですね。分娩室には、助産師さんと先生が合わせて10人くらいが集まっていたように記憶しています。それくらい大掛かりな出産でした。
帝王切開の手術では、局所麻酔をするため意識があるのですが、お腹を開けた先生が「すごい筋肉ですね!」と驚いていたことも、鮮明に覚えています(笑)。
――そのようなコメントをもらう妊婦さんは、滅多にいないでしょうね(笑)。2人目のお子さんも、帝王切開で出産されたのですか?
2人目のときも帝王切開です。ただ、1人目のときは慎重に妊娠生活を送っていたのに、2人目のときはかなり適当になってしまって(笑)。
――「2人目あるある」ですね。
当時、ダンスレッスンの講師もしていたので、お腹がかなり大きくなるまで、激しい動きのダンスを踊っていました。しかし、動きすぎたからか、1回目の帝王切開の影響からか、妊娠8カ月頃に「切迫子宮破裂の恐れがある」と診断されてしまい…。約1カ月間、入院してベッドの上で過ごすことになりました。いろいろありましたが、2人とも元気に生まれてきてくれて、ホッとしています。
産後すぐに仕事復帰。「私なら完璧にできる」という思いが一転して…
――産後はどのように過ごされましたか?
振り付けの仕事が順調だったこともあり、1人目を出産後、すぐに仕事に復帰しました。夫もダンサーで海外での仕事も多いため、ほぼワンオペではありましたが、これまで仕事もプライベートも自分の理想通りにできていたことから「私ならできる!」と考えていたんです。
同時に、「休んでいたら、仕事がもらえなくなってしまうかもしれない」という焦りも感じていたと思います。しかし、復帰後まもなく、「考えが甘かった」と痛感することに…。
――育児と仕事、バランスを取ることは簡単ではないですよね。どの部分に大変さを感じていたのでしょうか。
大変だったのは、「短時間で振り付けを生み出さなくてはいけないこと」です。私の希望で通わせたい幼稚園があったため、入園までは子どもを保育園に預けず、仕事をするときは、私の母に子どもを見てもらって時間を確保していました。しかし、「限られた時間」の中で新しい振り付けを考えることが難しくて…。
これまでは、仕事のための時間を自由に調整していましたが、産後は1、2時間で振り付けを考えなければならないことも多く、苦痛にも近い感覚でした。振り付けが完成した後も、撮影現場に立ち合ったり、振り付けの修正に対応したりと、大忙し。その都度、子どもを預けなければならず、楽しかったはずの仕事が、いつしか「つらい」と感じるようになっていったんです。
――お子さんを預けることにも、罪悪感を感じていたのでしょうか。
そうですね。当時の私は「育児も仕事も家事も、自分で完璧にこなしたい」と考えていました。そのため、母に頼ることにすら、ストレスを感じてしまっていたんです。でも、そのストレスがいら立ちになって、子どもに影響してはいけないと考え、仕事のペースを見直すようになりました。
――1人目の育児での気づきが、2人目の育児に活かされたのですね。
1人目の育児を通して、「育児と仕事の両立は、完璧にはできない」ということを学びました。その後は、良い意味での「諦め」を覚えることができ、35 歳で2人目を出産してからは、適度に力を抜いて仕事や育児に向き合えたと感じています。
再び舞台に立ったことで、「ダンサーとしての私」が目覚めた
――ダンサーとして再び舞台に立ったのが、1人目のお子さんが2歳になる頃だったそうですね。どのようなきっかけがあったのでしょうか。
以前、私が所属していたダンスチーム「東京★キッズ」で一緒に活動していた、現在はアーティスト東京ゲゲゲイのMIKEYから「自主公演をやるから、出演してほしい」と声をかけられたことがきっかけでした。
――舞台への誘いを受けて、どのように答えたのですか?
「今の私には無理」と、オファーをお断りしました。この時の私は、初めての育児に疲れ果てていて、メイクもしなければ、一日中部屋着で過ごす日々を送っていました。「私がダンサーとして踊る機会は、もうないだろうな」とさえ考えていて…。
でも、MIKEYは「あなたは舞台に立っていないといけない人だ」と再び連絡をくれたんです。その言葉に心が動かされ、「やってみよう」と自分を奮い立たせることができました。
――ダンサー仲間が、MAIKOさんを再び舞台に立たせてくれたのですね。
MIKEYには、本当に感謝しています。でも、練習が始まった途端、以前と比べて体の感覚が大きく狂っていることに愕然としました。振り付けがまったく頭に入らなくて、「どうやって覚えていたのか」すら思い出せない状態に、鳥肌が立ったほどでした。
――どのように乗り越えたのですか?
「とにかくやるしかない」という気持ちで、約2カ月間、育児の合間にひたすら練習しました。すると徐々に、ダンサーとしての感覚を取り戻し、無事に本番を迎えることができました。
本番の舞台に立った瞬間、「母としての私」とは別の、「ダンサーとしての私」が目覚めたような感覚を覚えました。同時に、「誰よりも目立ちたい、誰にも負けたくない」という、強気な自分も取り戻すことができたと感じています。
子どもたちのおかげで新しい自分になれた。ダンスの表現にも変化が
――産前と比べて、ダンスや振り付けの表現にも変化がありましたか?
子どもと一緒に過ごすことで、「ありのままの自分」をさらけ出すことができるようになり、表現の幅も広がったように感じています。
以前は、ダンサーとして「完璧な自分」を鎧のようにまとっていました。でも、子どもといるときに自分を装うことって不可能なんです。時には感情的になることもありますし、変顔をして子どもを笑わせることもあります。これまでしたことのない表情や仕草が、私の中からどんどん引き出されて、毎日新鮮な気持ちで過ごせました。子どもたちのおかげで、「新しい自分」になれたと感じています。
――子どもたちの存在が、MAIKOさんの世界を広げてくれたのですね。
そうですね。見える景色にすら変化を感じていて、「空ってこんなにきれいだったんだ」「花ってこんなにかわいいんだ」など、小さな感動が身の回りにたくさんあることにも気づくことができました。
――今後はどのようなチャレンジをしてみたいですか?
コミュニケーションが苦手なお子さんに向けて、ダンスのレッスンやワークショップを企画してみたいです。
私には、自閉スペクトラム症の甥がいます。先日、その子の母親である私の義姉から「小学校の運動会で踊るダンスを息子に教えてほしい」と相談を受けました。甥は、周りの人とコミュニケーションを取ることがあまり得意ではないため、運動会の練習も気が進まず、覚えられないとのことでした。
私が振り付けを覚えて、パートごとに分解して撮影した動画を送ったところ、すごく集中して練習し始めてくれて、私もびっくり。あっという間にダンスを覚えて、学校の先生にも褒められたそうです。
今回のことがきっかけになり、コミュニケーションが苦手な子に向けて、ダンスで何か力になれたらと考えているところです。表現する力は誰にでも備わっているはず。その力を、ダンスを通して引き出すお手伝いができたら嬉しいです。
MAIKO様の役に立ったオススメグッズ
Beech株式会社/王様の抱き枕
https://www.beech.co.jp/item/dakimakura/osamabodypillow01.html
お腹が大きくなってきたとき、横向き姿勢で寝ていても「お腹の重みで寝苦しい」と感じていました。そんな時にこの抱き枕をプレゼントでいただいて、抱いて寝てみたところ、とても楽に眠れるようになりました。硬すぎず、柔らかすぎずのクッションが、お腹を心地よく支えてくれます。
チェアベルト
https://www.eightex.co.jp/babycare/8880
おでかけ先やレストランなどベビーチェアがない場所でも、チェアベルトを使えば、子どもを1人で座らせることができるので重宝していました。自分の腰にベルトをつければ、両手がフリーになるので、子どもにご飯を食べさせたいときも楽ちんです。持ち運びしやすいのもお気に入りポイントです。
プロフィール
MAIKO
ダンサー・振付師
1983年生まれ。幼少期よりモダンバレエ、器械体操を習い、高校生からプロダンサーとして活動。ダンスチーム「東京★キッズ」として国内外のイベントやTVなどに出演。MISIA、大黒摩季、板野友美など、アーティストのバックダンサーとしても活躍する。2011年より、振り付けの仕事をメインに活動し、きゃりーぱみゅぱみゅのMVや、NHKこども番組『おかあさんといっしょ』の「からだ☆ダンダン」などを担当。現在は後進の育成にも力を入れている。